相続手続き前に自分の持分だけ勝手に処分した相続人から取り戻せるか

遺産相続手続き代行のオールサポート相続モールです。
今回のテーマは、他人に無断で譲渡された相続財産を取り戻したいときのお話です。
どんなお話しか事例でみてみましょう。

遺産分割協議前に他人に無断譲渡された相続財産

遺産相続手続き事例

共同相続人は長男と長女の2名、遺産分割がまだ完了していません。
しかし、長男は長女に無断で未分割の相続財産である土地に共有の相続登記を行い、他人に長男の持分を譲渡してしまいました。
長女は、他人に譲渡された土地の持分を取り戻すことができるのでしょうか。

相続人に無断で譲渡 解決のポイント3つ

①他人に譲渡された持分を取り戻すための法的根拠はないが、長男の持分を取得した第三者に持分買取の申し出を検討してみる
②共有物分割の調停申し立てをして、話合いをしてみる
③共有物分割請求の訴訟を起こして、その手続きの中において解決を図る

①持分買取の申し出
長男のような共同相続人の一人が遺産分割協議の前に行った特定の相続財産の持分を第三者に譲渡する行為は法的には有効です。
長男から譲渡を受けたものが、再譲渡してくれるなら持分の取戻しは可能ですが法律上は長女に長男の持分に対する取戻権はありません。
そこで長女からこの第三者へ持分の買い取りを申し出て解決を図る方法が考えられます。
申し入れは口頭でも可能ですが、確実に行うために書面で、事情なども記載して行うと良いでしょう。
②共有物分割の調停申し立て
兄から持分の譲渡を受けた第三者に対して、長女から共有物分割の調停を申したてる方法です。
相続財産である不動産は長女と第三者の共有状態にあるので民事調停法に基づき管轄は簡易裁判所となります。
調停は話し合いの場なので前述の持分の買い取りなども含めて柔軟な姿勢で臨むと良いでしょう。
③共有物分割請求の訴訟
長女から兄から持分の譲渡を受けた第三者に対して訴訟を起こす方法です。
原告が相続人である持分共有者、被告が共有持分の取得者となります。

注意点

共有物分割訴訟においては、現物分割を原則としていますが、それが不可能な場合又は分割により著しく価格を損する恐れがあるときは共有物の競売を命じてその売得金を持分に応じて分割するべきで、価格弁償による分割方法は許されないと解されています。(大阪高判S61/8/7)

ここまでのまとめ

相続人から持分の譲渡を受けた第三者から持分を取り戻す。取戻権は共同相続人にはありませんので、上記は相続分の取戻しではなく第三者との共有状態を解消するための手段となります。

他の相続人から、自分に無断で相続財産を他人に譲渡等された場合、不動産であれば、登記制度などもあり気が付くことが可能かもしれませんが預貯金はどうでしょうか。

ここからは、相続財産である口座の取引内容の開示を請求出来るのかというお話になります。

相続財産である口座の取引内容の開示を請求

事例

Bさん、Cさんの父、Aさんが死亡した際に、Bさん、Cさんがとある信用金庫の預金を相続しました。
Aさんの生前はBさんが一緒に暮しこの口座を管理していた。
Cさんは、この口座の現在の残高に不信感を覚え、取引信用金庫にその取引経過の開示を請求したが信用金庫はBさんがそれに同意しない事を理由に開示の請求に応じない。

これに対してCさんが訴えを起こした判例があります。
後ほどご紹介しますが、このような事例は割と身近にあると感じませんか?

例えば、親の介護を相続人の誰かが担当していた場合や相続人のうち誰かが親と同居していた場合、いざ相続となると預貯金の額に疑義を覚える様な事は割とあるのかなと感じます。
このような面から相続対策としての後見制度を考える必要はあるのかと思いますがそれはまた別記事でお話します。
それでは、裁判所の見解を見ていきましょう。

裁判所の見解
預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には、委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも含まれている。
委任契約・準委任契約の受任者は委任事務当等の処理状況を報告する義務を負う。
したがって金融機関は預金契約に基づいて、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示するべき義務を負う。
そして預金者が死亡した場合にその共同相続人の一人は預金債権の一部を相続により取得する事にとどまるがこれとは別に共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使できるというべきであり他の共同相続人の同意が無いことは上記権利の行使を妨げる理由となるものではない。

つまり、Bさんの同意が無くてもCさんの開示請求に金融機関は応じる必要があるという判例です。

現在はこの判例に基づいて、相続人からの取引記録の開示請求に金融機関は基本的に応じています。
開示の範囲(いつからの取引記録を出すのか)については金融機関によって違いがありますが、開示請求は単独で行うことができます。

この様に、相続人はそれぞれ単独で金融機関に対して被相続人の口座について残高証明書や取引履歴の発行を請求することができます。例えば巷でよく行われている、預貯金の名義人の死亡後、銀行へ知らせず口座凍結前に普通預貯金を引き出してしまうような行為は、他の相続人次第ではそのまま相続争いへ発展していく可能性があります。

遺産分割前の相続預金払戻制度

この制度は民法909条の2に基づいて被相続人の預貯金を遺産分割が終了する前であっても相続人に認められた一定の範囲内で払戻するという制度です。

 

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

wikibooks 民法909条の2

もし、葬儀費用などで遺産分割協議前に資金が必要な時は、勝手に普通預金を引き出すのではなく、この様な制度の利用を検討してみてはいかがでしょうか。

上記の条文にあるとおり、この制度では相続人が単独でこの権利を行使する事ができますが、後々遺産分割協議を行うというような場合には他の相続人に一声かけておくのも一つの相続トラブルを防ぐ方法かと思います。

遺産分割手続きは、争いを防ぐため、財産を守るため、親族関係を維持するためどの側面においても、しっかりルールを知って相続人全員で合意形成しながら行っていく事が大切です。